ようこそ、ゲスト 様

----年--月--日 ----現在

INTERVIEW

クリエイティブな視点で、有限な世界を次の世代に引き継ぐ

PIED PIPER PROJECT代表取締役
REBIRTH PROJECT会長 龜石太夏匡氏

— 前編 —

ANAとマスターピースとのトリプルコラボレーションで「AIRBACK」プロジェクトを展開している「REBIRTH PROJECT」。
「人類が地球に生き残るためにはどうするべきか?」という理念を掲げるソーシャルビジネスの会長として活躍しつつ、
自身の新たなプロジェクト「PIED PIPER PROJECT」を2019年に立ち上げたのが、龜石太夏匡さんです。
ファッションや映画といったジャンルでもキャリアを積んできた龜石さんに、今後のビジョンや取り組みに込めた思いを聞きました。

安住紀宏 (lefthands) / フォトグラファー:大畑陽子 / 編集:大野重和(lefthands)

2020.02

ファッションから映画、そしてソーシャルビジネスへと活躍の場を広げた理由とは?

ー 龜石さんはソーシャルビジネス以外にも、アパレルや映画といった業界でもご活躍されてきましたが、まずはこれまでのキャリアについてお話しいただけますか?

龜石氏(以下敬称略):僕のキャリアは大まかに分けると、20代はアパレル、30代は映画、40代はソーシャルビジネスという具合でした。始まりは大学3年生の頃で、ちょうどバブルが弾けた翌年にあたる1993年です。3兄弟の末っ子として、長兄と次兄とともにPIED PIPERというお店を渋谷の並木橋に立ち上げたんです。


ー 伝説のセレクトショップですね。そこから、どうして映画の世界に進もうと思ったんですか?

龜石:僕は元々映画を作りたいとずっと思っていて、高校3年生くらいから脚本を書いていたんです。実は、PIED PIPERで店長をしていた頃も、そういう夢を抱えて俳優業も行っていました。そんななかで、20代後半くらいに自分の人生について考えた時期があったんです。


ー 人間誰しも経験するかもしれませんね。

龜石:ちょうどその頃、当時大学生だった伊勢谷友介がお店に遊びに来ていて、彼は映画監督を目指していた。それで意気投合して、一緒に映画を作ろうということになって、20代後半でPIED PIPERを辞めて、映画を作り始めたんです。


ー 映画の世界ではどういったことを学んだのでしょうか?

龜石:愛媛を舞台にした『ぼくのおばあちゃん』(2008年)をはじめとして、これまでに5本の映画を作りました。『ぼくのおばあちゃん』では脚本だけでなくプロデュースも担当しています。その過程で、映画は「未来へのメッセージ」なんだと思い至ったんです。そこで、文化や社会情勢、哲学など、様々な角度から未来について考えていったところ、社会課題に目を背けることはできないと気付いた。自分のやりたいことをやるという生き方も否定すべきではありませんが、僕は社会課題に向き合って生きて行くことを選びました。それが結果として、5作目の『セイジ 陸の魚』という作品のテーマにつながったんです。


ー 確かに『セイジ 陸の魚』はメッセージ性の強い作品という印象が強いですね。

龜石:この作品は公開まで7年もかかりました。ですが、観る人の心にずっと残り続けるというのはなかなか難しくて、1週間で忘れられてしまうかもしれない。それならもっと継続的に、そして実質的に何かを発信できる機能を持とうと考え始めました。僕はアパレル出身で、伊勢谷は芸大出身だったので、アートやクリエイティブな観点を用いて、社会課題解決型のビジネスを立ち上げようということになりました。それがREBIRTH PROJECTです。


ー REBIRTH PROJECTの原点は、映画にあったんですね。

龜石:そうですね。立ち上げた2009年は、皮肉にもリーマンショックの真っ只中で経済が冷え込んでいました。「環境や社会問題を解決しようなんて青臭いことを言う会社はうまくいかないよ」と周りに言われたこともあります。


ー 今ほどCSRも注目されていませんでしたね。

龜石:ですが、社会課題はすでに山積みになって先送りにされていましたし、世界に目を向けると、意外とグローバルに活躍するソーシャルビジネスの事例があった。絶対、必要とされるだろうと思っていました。そこで3年間の目標を設定して、1年目は「人類が地球に生き残るためにはどうするべきか?」というREBIRTH PROJECTの理念を可視化するための時間としました。そして2年目で少しずつ社会とつながっていって、3年目でようやくスタートだなというところで、東日本大震災が起きた。


ー 2011年はまさに、「人類が地球に生き残るためにはどうするべきか?」ということが現実で問われることとなった年でした。

龜石:「人類が地球に生き残るために」と言っている以上、震災に向き合おうと考えて、支援活動で毎週のように岩手・陸前高田から福島・南相馬まで回りました。最終的には、その年に福島・飯館村の幼稚園と小学校が卒園式・卒業式をあげられていないということを知って、それを僕たちがプロデュースしました。奇しくも、ちょうどTwitter等のSNSが伸びてきていた頃だったので、僕たちの活動が取り上げられるようになって、REBIRTH PROJECTが少しずつ世の中に広まっていった。それ以来、100以上の数えきれないほどのプロジェクトに関わらせてもらっています。

人の命を守るための技術が込められたエアバッグを再利用して、ファッションに生かす

ー では、次にANAともコラボレーションしている「AIRBACK」について教えていただけますか?

龜石:「AIRBACK」は、REBIRTH PROJECTを立ち上げた当初からの商品です。REBIRTH PROJECTでは毎週水曜日に定例の作戦会議をしていて、そこでエアバッグが再利用されずに捨てられているという話が出て、リサイクルしようというアイデアが生まれたのがきっかけですね。日本は自動車のリサイクル技術が発達していて、鉄くずを含めると約90%以上がリサイクルできているのですが、シートベルトとエアバッグだけはほとんどリサイクルできていないんです。エアバッグは人の命を守るために、素材自体がすごく先進的で強い素材になっているので、どうにかできないかと試行錯誤しました。そこで、バッグ・メーカーのマスターピースと付き合いがあったので、別注でエアバッグ素材の商品をお願いしたんです。


ー 発売後の反響はいかがでした?

龜石:立ち上げたばかりの自社のECサイトで販売を始めましたが、時間がかかっても必ず完売する人気商品になりました。そんななかで、BMWから声をかけていただいた。地域ごとにエシカルやサスティナビリティを基準にローカルパートナーを置くという取り組みで、我々が選ばれたんです。そこで、BMWの自動車に使われているエアバッグでダウンジャケットを作ったところ、当時出たばかりのi8やi3といった電気自動車と一緒に、ダウンジャケットを発表していただきました。


ー そこから一気に人気が出ていったんですね。

龜石:そうですね。その後、NEXCO 中日本からも声をかけていただきました。高速道路には「集中工事」等と書かれた横断幕がありますよね。それがゴミになるので、どうにか再利用できないかということでした。エアバッグと横断幕を素材として生かしつつ、ファッションアイテムとして使えるものに仕上げるために、ジャーナルスタンダードとのトリプルコラボで展開しました。「D-LIVE(ドライブ)PROJECT」と題したこのプロジェクトは好評で、第3弾まで続きました。


ー そういったかたちで「AIRBACK」がストーリー性を持ってどんどん進化していったんですね。

龜石:そんななかで、ANAから声をかけていただきました。ファーストクラスで使われているシートの廃材を使ったこのプロジェクトは、REBIRTH PROJECTの次世代を担っていく存在の大釜 翼君が中心になって取り組み、おかげさまで第2弾まで展開しています。


ー ANAとマスターピースとのトリプルコラボレーションというかたちで展開しているシリーズですね。第2弾では、「3WAYブリーフバッグ」や「トートバッグ」、「サコッシュ」など5種類の様々なラインナップがあります。今回もすでに完売になっている商品が出ているほど好評です。

龜石:ありがたいですね。

ANAとのコラボアイテムは自動車のエアバッグの生地の他、実際に使われていた飛行機の座席から取り外されたシートベルトのバックルなどの留め具パーツを解体、
洗浄して再利用して作られた。

次の世代に引き継ぐ

ー 龜石さんはREBIRTH PROJECT以外にも、昨年ご自身のプロジェクトを立ち上げられたと伺いました。その点もお話しいただけますか?

龜石:REBIRTH PROJECTは社会課題を解決するプロジェクトと言われていますが、僕はカルチャーの会社だと思っているんです。カルチャーの会社というのは、次の世代につなげていかなければならない。というのも、僕が最初に関わったPIED PIPERは僕たち3兄弟の立場が強すぎて、次の世代につなげられず、結果バラバラになってしまった。その反省があるので、次の時代を担う大釜君といった20・30代の優秀な若手にREBIRTH PROJECTを引き継いでいこうと決めました。それと同時に、50代手前になって次の10年は新しいことをやるひとつの節目になるんじゃないか、そして集大成になるんじゃないかと思うようになりました。振り返ってみると、20代はPIED PIPER、30代は伊勢谷とともに映画を作って、40代はREBIRTH PROJECTと、自分が主語になって何かをやってこなかった。だから、これからは自分がこれをやりたいということに挑戦しようと思い、PIED PIPER PROJECTを立ち上げました。


ー PIED PIPER PROJECTではどういったことを行っていらっしゃるんですか?

龜石:自分が何をやりたいのかを考えてみたんです。それまで、REBIRTH PROJECTではブロック構想というのをイメージしていて、例えば四国、中国地方、次に九州といった具合に様々な地域に広がりつつ、あらゆるプロジェクトに携わっていた。ですが、ひとつの所に集中して、自分ができることを全力でやっていくことが大事なんじゃないかと思い至りました。具体的には、3つのプロジェクトをやろうと思っていまして、ひとつには自分の原点でもあったアパレル。もうひとつは、愛媛を中心とした四国でのプロジェクトです。どうして愛媛かというのは、先ほどお話した『ぼくのおばあちゃん』という映画でロケをさせていただいたのがきっかけで、それ以来ずっと愛媛に縁があったんです。3つめは、「piedpiper rebirthproject bar(PR Bar)」のように、空間のプロデュースをやりたい。デザインということももちろんですが、人と人をどうやってつなげていくか考えていきたいんです。


ー 愛媛ではどういったことを行っていらっしゃるんですか?

龜石:デザインやブランディング、そして出口戦略といった地域商社の機能を作ることを目指しています。もうひとつ関わっているのは養蚕業です。養蚕業を復興ではなく、新産業に変えていく。この2つのプロジェクトに取り組んでいます。


—養蚕業に関わることになったきっかけは何だったんですか?

龜石:実は元々7年ほど前に、REBIRTH PROJECTである企業と百貨店のシルクを使った商品開発に関わることができたんです。その際に、養蚕業の厳しい現状と可能性を学びました。それとは別に、3年前から愛媛にある人工培養の養蚕工場にREBIRTH PROJECT TRADINGとして立ち上げから関わることができたのがきっかけです。


ー シルクにはどういった可能性を感じていらっしゃいますか?

龜石:例えば、外科手術の縫合にはシルクが使われているんですが、糸はのちに溶けていきます。成分が、人間のタンパク質に非常に近いからなんです。そのため、シルクは美容にも生かすことができるし、再生医療や食の面においても可能性を持っているんです。


ー 先ほどお話しいただいた地域商社という面では、航空会社であるANAとも通じる部分が大きいように思います。

龜石:まさに人と人をどうつなげていくかという点では、ANAが果たす役割は大きいですよね。その土地に何があるか、何が体験できるかというのはもちろん実際に行ってみないとわからない。例えば、愛媛は距離としては遠いとしても、飛行機ならあっという間に到着できる。地域や人、そして時間をつなげるということは、これからより重要になると思います。SDGsではまさに17番目にあたる、パートナーシップをどう結ぶかという点ですね。


ー これまで日本全国のプロジェクトに携わってきた、龜石さんらしいご意見ですね。では、前編はここで区切りまして、後半では、ANA SOCIAL GOODSの可能性や龜石さんの今後の展望についてお伺いしていきます。

後編へ続く(3月更新予定です。お楽しみに。)

龜石太夏匡

Takamasa Kameishi

PIED PIPER PROJECT代表取締役、REBIRTH PROJECT会長。1971年生まれ。 3兄弟とともにセレクトショップ「PIED PIPER」を立ち上げる。その後、俳優の伊勢谷友介氏と出会い、脚本家やプロデューサーとして映画制作に携わる。 2009年には伊勢谷氏とともにREBIRTH PROJECTを立ち上げ、交流の場として、東京・青山に「piedpiper rebirthproject bar(PR Bar)」もオープン。 2019年には自身のプロジェクトPIED PIPER PROJECT株式会社を立ち上げる。

プロダクト開発の原点は幼少時代の水質汚染問題 デザインを兼ね備えた実用バッグ

クリエイティブな視点で、有限な世界を次の世代に引き継ぐ

野沢温泉村を好きになってもらうために —— 遊びを地域創生につなげる

野沢温泉村を好きになってもらうために —— 遊びを地域創生につなげる

サスティナブルな森から生まれた 都市と森とをつなぐ架け橋

真の豊かさは健康から。幸せな人生は自分で作る

脳ドックの広がりが人生と社会を変える

ものづくりに込めた想いを消費者に伝えるために